持ち歩いた木と、築200年の古民家で暮らす

<ご紹介するのはこんな方>
菅原由香さん(40代)
鴨川市在住
家族構成 単身
以前の居住地 静岡県富士宮市
千葉県鋸南町保田と鴨川市を結ぶ長狭街道。そのほぼ中ほどに位置する鴨川市金束(こづか)は、田園風景と山あいの景色が広がる自然豊かな地域です。
この金束で、築200年ほどの古民家に暮らす菅原由香さんにお話をうかがいました。
築200年の家で暮らす
太い梁をそのまま見せる「あらわし」の天井、長い年月を経て深い色合いになった、作り付けの仏壇。仏壇の下は収納になっており、中には昔使われていた火鉢も残っています。仏壇の上部には、神棚のように使われている棚も。囲炉裏もあって、家の中全体が、映画の一場面のような趣があります。部屋の一つには、由香さんご自身が張った無垢材の床が広がっています。

【菅原由香さん。骨格模型がある部屋の床は、自ら「きらめ樹」の木材を使って張りました】
東京から南アフリカへ。木との関わりが始まる
由香さんは東京で生まれ育ちました。若い頃、体の不調で悩んだことからセルフケアに興味を持って学びはじめ、リラクゼーションに関わる仕事に就きました。さまざまな学びのなか、自然・環境問題に関心を持つようになり、2009年、南アフリカでの植林体験のツアーがあることを知って「行ってみよう」と思い、旅立ちました。
こうして、由香さんと木との関わりが始まります。
「木が少ない現地では、一本の木が木陰を作ってくれるだけでも、本当にありがたいんです。ツアーでは、そこに暮らす人々が実を食べられるように、果樹をたくさん植えてきました。木が少ない土地へ行ったことで、日本の森の豊かさに気づかされました」

【敷地内から望む、鴨川市金束の深い里山】
「これだ」と思った、「きらめ樹」との出会い
南アフリカから帰国した由香さんは、日本の森林について学びました。戦後に植林された人工林が各地にあり、それをどう手入れし、木材として活かしていくかが課題になっていることを知ります。
「日本には豊かな森林があるのに、どうして、海外から木材を多く輸入しているのだろう? 日本にはすでに木があるのだから、それを使えばいいのでは?」と由香さんは思いました。
2016年、「きらめ樹」と出会ったとき、由香さんは「これだ!」と思いました。「きらめ樹」は、間伐する木の皮をむき、立ったまま乾燥させて軽くなったところで伐採する手法です。木が軽いので、女性や子どもにも扱えます。由香さんは、間伐から木材加工、ものづくり、販売までつなげることで、「軽トラ1台あれば、女性が仕事にしていける」と大きな可能性を感じました。
こうして、由香さんはきらめ樹の活動に関わり、大分や静岡で実践を続けました。その後、人との縁からツリーハウスづくりの仕事に携わることになり、2020年に館山へやってきます。

【「きらめ樹」の木材。由香さんが住まいを移すたびに運び、手元に残してきました】
持ち歩いてきた木が、鴨川の家の床に
館山や南房総で暮らし、大工さんたちと現場で仕事をしながら建築の経験を積み、2024年、大工の親方から「空いた家がある」と紹介されたのが、今、暮らす金束の古民家です。
大分、静岡、房総へと住まいを移すたびに軽トラックで運び、ずっと手元に残してきた木材が、この家の床の一部になりました。壁には自分で漆喰を塗り、ベッドも作りました。他にも机やベンチなど、由香さんがきらめ樹材で作った家具は、接着剤を使わず、分解して別のものに使えるように工夫しています。

【由香さんが手掛けた家具。分解して別の用途にも活かせるよう工夫されています】

【ベッドも由香さんの自作。蚊帳の中はなんとも落ち着きそうです】
自然の中で心身が整う
由香さんは、鴨川での暮らしについてこう話します。
「静けさが貴重ですね。夜の静寂、朝の鳥の声や虫の音…。静かな時間の豊かさが心や体に大きく影響していると感じます。自然の中では、心身を整えやすいと実感します。元気がもらえるんですね。自分のエネルギーや癒しになります。都会にいると、生き物は人間だけのように感じることがあります。もちろん、実際には違うのですが。ここでは、たくさんの生き物の中で暮らしていると感じます。心身の両面で安心感があって、自分の心や体と向き合うにはこういう環境が適していると思います」
ここで生活をしていて楽しいこと、おもしろいことについてお聞きしました。
「夜になれば満天の星空が楽しめます。あと、これまであまり見たことのない虫さんたち……カゲロウやタマムシ、いろいろな種類のバッタにも出会えます。見たことのない植物を見つけるのも楽しいですね。この辺りは野生動物が多いので、畑や花壇を作るのは難しいのですが、家屋の近くにゴーヤ、ブルーベリー、ホーリーバジルなどを少しずつ育てているのも楽しみですね」
このように自然豊かな金束ですが、一方で、車で20分ほど走れば鴨川の市街地や海へ出られます。由香さんにとって意外だったのが「東京に出やすい」ことでした。これまで移り住んだ場所のなかでは、いちばん、東京の親元に帰りやすいと言います。
「建築の仕事を通じて、地域の人とのつながりもあります。それに、これまで住んできた土地と比べて、鴨川は若い人や移住者、さまざまな活動をする人が多いと感じました。これから移住を考えている方は、まず、興味がある場所へ行って、人と会ってみることをおすすめします」と由香さん。

【家のすぐそばに設けた、こぢんまりとかわいい菜園】
あるものを活かして、これから
由香さんにはこれからやりたいことがたくさんあります。
「私自身が、体の悩みと長く向き合い、セルフケアを学んできた経験を通して、骨格の構造に基づく体の使い方を伝えていきたいと思っています。あと、木の皮を使った和紙づくりや、きらめ樹材を使った箸づくりのワークショップを開いてみたいです。『あるものを活かす』ことの楽しさや喜び、『直して使う』ことのおもしろさを伝えていきたいですね。こうした活動を『terracoya(テラコヤ)』と名付けることにしました」

【「200個以上ある人間の骨には、一つひとつに意味があります」と由香さん】
インタビューを終えて
庭を案内していただいたとき、敷地の隅に自生していた木を指して「庭にヒメコウゾがあったんです!」と本当にうれしそうに教えてくれたのが印象的でした。このヒメコウゾも、いつか和紙づくりに使ってみたいそうです。
森にある木、古い家、手元に残してきた木材、自分自身が積み重ねてきた経験。由香さんのこれまでの歩みや今の暮らしには、あるものを見つめ直し、活かして次につなげていく姿勢が一貫しています。
また別の季節に、由香さんの活動がどのように広がっているのか、お話を聞きに再訪したいと思いました。

【築200年ほどになるお宅の外観。かつては茅葺屋根だったようです】
※本記事は、2026年8月に取材・撮影を行った際の情報をもとにしています









