江戸っ子の職人一家、館山で始まる新しい暮らし

【地鎮祭に臨む大和田さんご夫妻】
<ご紹介するのはこんな方>
大和田悦安さん(60代)
大和田妙さん(50代)
長男 悠斗さん(19歳)
次男 寛斗さん(高校生)
長女 彩さん(中学生)
館山市在住
以前の居住地 東京都台東区
移住スタイル 定住
現在、館山市内の住宅街に暮らす大和田さんご一家。
以前は、東京・台東区にお住まいでした。お子さんの代で三代続く江戸っ子のご一家です。そんなご一家は、なぜ館山に移住したのでしょうか。そのストーリーをご紹介します。
東京下町の大きな柿の木のある家
大和田さんたちは東京の下町、浅草に近い鳥越という町で暮らしていました。
ご主人の悦安さんは120年続く鏡職人の家系の末裔で、親御さんの代からこの土地に暮らしています。建て込んだ家々のなか、大和田さんの家の庭には、大きな柿の木がありました。この土地を離れるにあたって最も愛着があって手放しがたかったのがこの木でした。
悦安さんは、生まれ育ったこの家で、両親とともに暮らしながら妙さんと家庭を築き、3人のお子さんに恵まれました。
鏡職人としての仕事も、この場所で続けてきたそうです。

【かつて住んでいた東京の家。思い出深い大きな柿の木があります】
新天地に、館山を選ぶ
月日は流れ、子どもたちは育ち、そんな大和田さん一家に転機が訪れました。
住まいのあるエリアで不動産の動きが活発になり、土地の買い取りの話が持ちかけられるようになったのです。バブル時代のような強烈なものではありませんでしたが、長年親しんできた隣近所の方が次々と売却に応じて他所に移っていきました。妙さんは当時の様子を、「櫛の歯が欠けていくみたいだった」と振り返ります。
そうした変化を目の当たりにするなかで、「我が家もそろそろ潮時かな」と思い、大きな柿の木があるこの家を手放そうと決心しました。
最初は、東京都内の他の場所への引っ越しを考えました。けれども、大和田家の男三人衆(悦安さん、長男 悠斗さん、次男 寛斗さん)はサーフィンが好き。妙さん自身もイルカが大好き。悦安さんは子どものころからマリンスポーツを通して館山に馴染みと憧れがあったので、「移住先は館山にしよう!」という流れになっていきました。さまざまな角度から検討したところ、3人の子どもたちの進路や生活の問題も解決できそうです。重度の知的障害がある長女の彩さんが通うことになる安房特別支援学校は、良い環境が整っていることが分かりました。一家の考えはまとまり、移住先は館山、と決まりました。
まず、仮の住まいとして戸建ての賃貸を探さなければなりません。インターネットで「4DKで、家が建て込んでないところ」という条件で探して見つけました。同時に、家を新築する土地を探しはじめることに。賃貸住宅への引っ越しは、妙さんが、東京の自宅と館山の新居を行き来して奔走しました。仕事も家事も抱えた当時の妙さんの手帳は予定で真っ黒になっていたそうです。

【工房で仕事をする悦安さん】
空と庭が広い家
家を建てる土地については、悦安さんが「家が密集していない場所に平屋で建てたい」という条件で館山市内の不動産屋さんに相談し、条件に合う土地が見つかりました。館山市内の高台のエリアで、住宅街ではありますが建て込んでおらず、彩さんものびのびと過ごせそうです。家を建てる工務店さんについては、自身が職人である悦安さんの、「職人肌の方に建ててほしい」という、たっての要望にかなったところを選びました。最終的には平屋ではなく二階建て、バリアフリーの家になるよう、設計してあります。
さて、館山に移住してからの一家の生活はどのようになったでしょうか。
妙さんによると、悦安さんは最初東京を恋しがって、行きつけのカフェまで遠路はるばる足を運ぶようなこともあったものの、今は落ち着いて生活が朝型になり、健康になってきたそうです。サーフィンは千倉や平砂浦で楽しんでいるとのこと。
長男の悠斗さんは、自身の生活の傍ら、悦安さんが作る流木と鏡を組み合わせた作品をECサイト「悦安工房」で販売しています。悠斗さんに館山での生活についてお聞きしてみました。
「楽しいですよ! 今のところ、友だちはみんな東京なので、しょっちゅう遊びに行ってます」
…と、自然豊かな環境に移り住みながらも、東京での人間関係を保ったままでいられる館山という地の利を十分に活かしている様子。
祭り好きな次男の寛斗さんは、東京の下町同様にお祭り好きな館山という土地では「待ってました!」とばかりに周囲の人たちから歓迎されているようです。
彩さんはといえば、安房特別支援学校に転校してからは「学校が好き過ぎ」て、休みの日にも「登校したい」とお母さんに頼んで制服に着替えて校門の前まで連れて行ってもらう、なんていうことも。子どもたちの人数に対する先生の数も多く、プログラムもゆったりしている学校で、彩さんにはよく合っているようです。
妙さんは、今、猛烈に忙しい日々を送っています。
彩さんが喜んで通っていた放課後等デイサービスの施設が閉所になったことをきっかけに、オーナーからその施設を借り受けました。
そして、障害のある子どもとその家族の居場所「ハレアカラ」を開いたのです。
「ハレアカラ」とは、マウイ語で「太陽の家」という意味です。
妙さんの温かい人柄と行動力に惹きつけられ、仲間や協力者が集まってきています。地域にとっても、大切な場所になっていきそうです。
「館山は空が広いですよね。住んでいる人たちも温かいし、ここに来てよかったと思います」と妙さんは言います。
大和田さん一家のみなさんは、東京から移住して1年。早くもそれぞれが館山での暮らしを楽しみ、新しい道を歩き始めたようです。

【これから家が建つ土地で微笑む大和田さんご夫妻】
一家の新しい門出を祝う

【好天の中、和やかに進む地鎮祭】
2026年4月9日、大和田さんの家の地鎮祭が執り行われました。館山の広い空は晴れ渡り、裏手の山の若葉は青々と美しく、遠くからかすかに潮の香が感じられます。まるで、大和田家のお一人おひとりの門出のお祝いのようにも感じられました。

【大きな鯛。準備万端整いました】

【ここに大和田家の新しい家が建つ】
家が建ち、ご一家の生活が新たなステージで進みはじめた頃に、またこの場所を訪ねてみたいと思います。
(※本記事は、2026年4月に取材・撮影を行った際の情報をもとにしています)
悦安工房(@etsuankobo)
https://www.instagram.com/etsuankobo/
ハレアカラ(@8aleakala)
https://www.instagram.com/8aleakala/






