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移住して30年。家族で積み重ねた理想の自給自足暮らし

【西野弘章さん 美和さん】

<ご紹介するのはこんな方>
西野弘章さん(62歳)
  美和さん(58歳)
富津市金谷地区在住
家族構成 4人(社会人の息子2人)
以前の居住地 千葉県柏市
移住スタイル 定住

西野さん夫妻は、1996年に柏市から金谷に移住しました。2人とも出版社でアウトドア系の仕事をしていましたが、フリーとして独立。海や自然が豊かな房総半島に住むことで「都会では見えなかったものが見えてくるかも」と、軽い気持ちで物件を探し始めました。現在の家を手に入れるまでのいきさつと、今の暮らしについて西野さん夫妻に話をうかがいました。

都会を離れ“アウトドア”が身近な場所へ

移住先として選んだのは、房総半島。湘南エリアも魅力的な場所でしたが、渋滞の多さや地価の高さで選択肢からは早々に消えました。仕事で都内に出ることもあり、アクアラインが開通することが決まっていた君津から館山の物件にしぼり、不動産屋巡りをしているうちに1年が経ちました。
 

とりあえず金谷の賃貸物件に住みながら、自分の家を建てるために探し続けた土地の条件は、自然を感じられる環境で日当たりがよく、広くて平らな土地。釣りの著書が多数ある西野さんは、釣り好きの不動産屋さんと仲良くなり、金谷での暮らしを楽しみながら土地探しを続けていました。そんな中、その不動産屋さんから紹介された600坪の土地を見に行ったとき「完璧です」と、思わず声にしたほど理想的な土地と出会うことができました。ところが仕事が忙しく、実際に家を建て始めるまでに10年もかかってしまいました。

手を動かしてつくる“自分たちの家”

10代の頃から衣食住にこだわり「自分の手で本物を作る」という考えのもと行動してきた西野さんは、家を建てる前に少しずつ小屋や納屋を建てていきました。小学生になった長男と次男も一緒に、家族みんなでログハウスを建て、一時はログハウスを自宅にしようという考えもありました。ただ、広さの問題で見送り、現在ログハウスは西野さんの仕事場兼お客さんの宿泊スペースになっています。

【ログハウスの仕事部屋】

【ログハウスの仕事部屋】

自宅はハーフビルドに対応してくれる工務店を探し、「このログハウスを造れる人なら」と、了承してくれた工務店に屋根まで建ててもらい、壁やウッドデッキは自分たちで施工しました。ゴールデンウィークにスタートした家づくりは9月半ばに引き渡され、内装はのんびりと進めました。内装の漆喰塗りは家族で、外壁の塗装は美和さんが1人で行い、中学生と高校生になっていた息子さんたちと一緒に家を完成させました。

【畑から眺めた家の正面。1階にも2階にもL字のテラスがある】

【畑から眺めた家の正面。1階にも2階にもL字のテラスがある】

「ログハウスのときも、丸太の皮むきから一通りみんなでやった。家族で参加して体験できる家づくりは面白い」と、西野さんは当時を振り返りました。

薪ストーブ1台で温まる家

庭やほかの建物が影で暗くならないよう家の位置や向きを考え、朝日が入って温かくなるようにやや東向きに建てた家の間取りは、1階にLDKともう一部屋。2階は広く造ってもらい、子どもたちの部屋の間仕切りは西野さんが仕上げました。

【薪ストーブが据えられたLDK】

【薪ストーブが据えられたLDK】

「材料費を抑え、薪ストーブの煙突掃除を簡単にするために1.5階にしたのは、大正解だった。暖房効率がいいし、壁塗りも簡単になるし、2階建てより台風や地震にも強い」
 

借家のときは、古くて断熱がほとんどない古い家だったため、寒い思いをしていた西野さんは「小さくても温かい家が欲しい」と思っていました。そのため、かっこいいけれど暖気が逃げていく吹き抜けは、敢えて作りませんでした。その結果、薪ストーブ1台で家全体が温まり、「冬でも夜暑くて目覚めることがある」と言うくらいです。朝起きると、西野さんは薪ストーブに火をくべ、美和さんは朝日を浴びながら畑に水やりをするのが日課です。
 

もう一つのこだわりは「木の家」。床も天井もすべて杉板と漆喰で仕上げました。後悔した点を聞くと「天窓は、費用がかかった割に思ったほど必要なかった。なくても明るいし、一度も開けたことがない」とのこと。

【富士山が見える方向を指さす西野さん。階下に見えるのは西野さんが建てた小屋や納屋】

【富士山が見える方向を指さす西野さん。階下に見えるのは西野さんが建てた小屋や納屋】

2階にはL字型の広いデッキがあり、天気がよい日は富士山が見えることも。建てた当初は「ここから夕日を見ながらビールを飲もう」と思っていたものの、実際には布団を干すだけの贅沢な場所になっているそうです。

野菜も調味料も自給する暮らし

畑は美和さん、田んぼは西野さんと担当を分け、日々の作業を進めている2人。田んぼは家から歩いて行ける距離にあり、獣害対策のワイヤーメッシュで囲まれているため、犬のはる君を連れて行くと今の時期はドッグランに早変わりします。

【ふだんは1階のウッドデッキが定位置のはる君】

【ふだんは1階のウッドデッキが定位置のはる君】

庭にはブルーベリー、バナナ、ブドウ、ウメ、サクランボ、キウイ、柑橘類が植えられていて、畑には白菜、大根、玉ねぎ、ブロッコリー、カリフラワーなどが育っています。夏はズッキーニやカボチャ、ピーマンなどを育て、「家で食べる分は自給できている」と美和さんは言います。
 

味噌や醤油、塩などの調味料も手作りしている美和さん。昔から料理が得意だったのかと思いきや、実はそうではなかったようです。
 

「魚やみかんなど食べ物をもらうことが多くて、処理しないともったいないから、当時はうまくできずに泣きながら捌いていた」と笑う美和さん。パンは、近所に好みのパン屋がなかったのがきっかけで自分で焼くようになり、米作りを始めたことで糀から味噌や醤油も作るようになりました。
 

現在は14枚のソーラーパネルを設置して、1日に17kWhの電力を自給し、庭に井戸も掘りました。

小規模校だからこそできる体験

移住先で息子さん2人を育てた美和さんに、田舎での子育てについて聞きました。
「小学校のクラスメイトは、多くても10数人。全校生徒が100人くらいの学校だったので小回りが利き、地域のことを学ぶ授業で漁師さんがアジ釣りに連れて行ってくれたりしました。都会ではそうはいかない。ただ、行き帰りは親の送り迎えが必要ですね」
 

現在は学校が統合されてスクールバスがあり、以前に比べると送迎の負担は減っています。
見知らぬ土地へ移住し、子どもたちを育て、自給力をどんどん上げてきた西野さん一家。その自給力は、ここで育った子どもたちにも着実に受け継がれ、今も一緒に家の手入れや田んぼ作業を行っているそうです。

インタビューを終えて

いきなり自給自足生活を始めるのはハードルが高いと感じる人も多いかもしれません。
それでも、小さなことを無理のないペースで続け、長い時間をかけて積み重ねていくことで、自分たちなりの豊かな暮らしが育まれていく。
西野さん一家の30年にわたる歩みには、そんな田舎暮らしのヒントが詰まっていました。
 

西野さんの釣りサイト「房総爆釣通信」
 

https://bosobakucho.jp/

(※本記事は、2026年1月に取材・撮影を行った際の情報をもとにしています)

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