定年後に憧れの田舎暮らし。絵画や朗読など多彩に楽しむ
【今林光江さん】
<ご紹介するのはこんな方>
今林光江さん(80代)
館山市在住
元栄養士
家族構成 夫婦2人住まい
以前の居住地 東京都大田区
移住スタイル 定住
館山市に住む今林さんは現在80歳。東京都足立区出身で、定年後に館山市へ移住しました。
移住する前は都内の保育園で長年栄養士の仕事をし、移住した後は絵画や朗読など表現活動を楽しまれています。
今林さんにとって南房総はどんなところなのでしょうか。
今の住まいに決めた理由や実際の暮らしについてお話をうかがいました。
各地をまわり南房総に惹かれ移住
栄養士として働いてきた今林さんは、「定年したら田舎に住みたい!」と考えていました。仕事はやりがいもあり充実した日々で、職場や住まいのまわりも都内にしては緑が多く、広い公園や池、松山などが残るのどかな地域でした。ただ、田舎暮らしに強い憧れがあったため、さらに自然豊かな移住先を求めて、長野、茨城、福島など「各地を探しまわった」と話します。
田舎暮らしの情報雑誌に、たまたま千葉県の不動産会社が掲載されていて「では千葉も行ってみよう!」と県内を3か所ほどまわり、現在の土地に巡り合うことができました。
南房総にした決め手は何だったのでしょうか。
「本当のことを言えば、北海道に憧れがありました。もし若い時に移住を考えたら、そちらに住んでいたかもしれません。でも憧れと現実は違う。定年後の身体は冬の寒さに耐えられず、慣れない雪おろしもできないだろうと思いました。千葉県は温暖で、南房総を案内されたときに『こんなに自然が豊かだったなんて!』と驚きました。千葉もまんざらでもないと魅力を感じたのです」
現在の自宅から、スーパーや病院までは車で5分~10分ほどの距離。それでいて田舎の風景が広がるこの土地は理想的でした。「自分たちにぴったりの場所だ」と感じたそうです。
年齢を重ねると必要不可欠な病院も、近くにあるという安心感が決め手になりました。
家の前は田畑が広がり、借景を活かす暮らし
家を建てたのは2004年。求めた土地には元々古民家が建っていて「リフォームして住む」という選択肢もありましたが、あまりにも古かったためいったん更地にしました。
「長い目で見ると、新築した方が費用はかからないのでは」と判断したのです。
そして、夫さんも定年退職するまでは都内のマンションに住み、完全に移住したのは2010年。休みの日に都内と館山を行ったり来たりして家具を揃えるなどしていたと言います。
自宅の前には田畑が広がっていました。
「景色を見ていて、本当に気持ちがいいんです。北海道の原野を思い出すし、小さな山も多い。田畑や小川、ぽつぽつとある人家のバランスもちょうどいいんです」
【自宅前の景色。田畑が広がる】
家の中は窓からの光と白い壁でとても明るく感じられました。窓を見るとびわの木々が映り、絵画のようです。
「庭も広いんですね?」と聞くと「実は向こうはお隣さんの土地で、借景なんですよ」と教えてくれました。
スペースは限られていますが自宅の庭には梅や柿の木があり、実がなると梅干しや干柿などにして毎年楽しみに味わっているそうです。
食事は人生の要。この地域の農家さんのことも身近に感じるようになりました。
「天候に左右される大変な仕事。食べて応援したいですね」
近くには水路が流れていて、夏には蛍が現れます。今は数が少なくなりましたが、移住当時は蛍の乱舞を見ることができたと言います。
絵画や朗読など表現活動で充実する日々
今林さんは定年後から移住するまでの間に大田区の絵画サークルに入っていました。
子どもの頃は絵を描くことが好きでしたが、仕事や育児でいそがしくなり何十年も描くことから離れていました。定年後時間に余裕ができたため、ゴッホやスザンヌに憧れ油絵をはじめます。
館山市に来てからも絵を続けたいと思い、南総文化ホールで絵画展があった際、主催の「光陽会」メンバーに自ら声をかけ「入会したい」と申し込みました。
館山市へ移住してからも、憧れの北海道へは何回も旅行しています。旅先の風景を写真におさめ、帰ってから絵にすることも多いとのこと。
南房総に暮らしつつ、憧れの北海道は旅で楽しむという夢の叶え方もあるのですね。
他にもいろいろな所へ旅する今林さん。
「船の旅も好きです。感動した景色が絵のテーマになったり、体験を思い出したりしながら描いています」
敷地内には自宅の他に小屋があり、そこを創作スペースとして活用。
油絵の具は乾くと取れにくいため、畳の部屋に布を敷いて、思いっきり描けるように工夫しました。
【部屋に飾られている絵画。下の2枚が今林さん作の油絵。北海道の「放牧馬」と「トドワラの林」】
【北海道「湖面のアイスバブル」F80】
本を読むことも好きな今林さんは、仲間に声をかけ、朗読と語りの会「桟橋」を立ち上げます。
絵画と朗読の会はそれぞれ月1回の集まりで、10年以上も続いているそう。
「絵を学び、批評し合う場が私には必要でした。描いた絵を見せて感想を述べ合う時間や、自分とは違う絵を描く人たちの交流は刺激になります。朗読の会では発声練習をしたり、好きな話を声に出して読んだりして日々の活力になっています」
絵の会では春と秋に絵画展を、そして全国組織の会なので年に一度、東京都美術館(上野)でも展覧会があります。夏には南房総ゆかりの美術家たちによる「安房・平和のための美術展」へ出品し、朗読の会は1年半ごとに発表会を開いています。
「季節ごとに仕上げるものがあり、多忙と感じることもありますが、締め切りや発表する機会があると励みになるんです」
生活の中で感じることや今後の展望を教えてください
「南房総に移住して正解でした。年齢を重ね、身体のあちこちが痛いとか悩みはあるけれど、精神的に安定しましたね。ご近所の方ともほどよい距離感を大切にしつつ、すぐに馴染むことができました。運が良かったと思います」
絵の展覧会があると必ずご近所さんも来てくれるそうで、地元の方にとっても出かけるきっかけや楽しみになっているようです。
人との出会いやつながりが持てたことも移住してからの財産になりました。
今林さん宅は2階建てで、娘さん家族が泊まりに来た際にも部屋は活用されています。
【お孫さんたちを描いた油絵】
「これからは南房総の絵をもっと描きたいです。あまりにも身近になった景色ですが、少し行けば海と山がある貴重な場所。思わず描きたくなるような風景をもっと探していきたいですね」
実際に住んでみて困ったことやアドバイスはありますか
自宅のリビングはカウンターキッチンになっていて、家族の顔を見ながら料理をしやすいようになっています。ただ、「もう少しキッチン用品を入れる収納があればよかった」と話します。
家を建てる際、決まっている設計の中から好みのものを選んだため、建築費は安く済みましたが、暮らしてみると料理をする時間が多くなり、必要なキッチン用品の量も増えました。移住前の想像と、実際の生活には違いが出ることもあるようです。
そして、大事なのは何と言っても不動産会社との出会い。
「家は大きな買い物で一生の問題。買ったら終わりではなく、私たちにとっては、『移住先の土地でこれから根付いていけるのか』という期待と不安があります。私たちの話に耳を傾け、誠実に対応してくれる人かどうかを見極めることが大切です」
インタビューを終えて
筆者にとって今林さんは、「こんな風に年齢を重ねていけたらいいな」と思う、すてきな人生の先輩です。
インタビュー後にまたお話しする機会があり、「そうそう、足腰も大切にしてくださいね。適度な運動が大事です。ただ、動きすぎるのも良くなくて、私は40代の頃、仕事や育児をしながら日本各地の山を登り、無茶をしてきました。富士山よりも高い、マレーシアのキナバル山に登ったこともあるんですよ。その頃の無茶が今は膝にきていますね」と笑いながら、さらにパワフルな体験談をしてくれました。
今回のインタビューで、今林さん自身も「改めて人生を振り返る良いきっかけになった」と話されています。
これからも南房総や旅先で、暮らし彩る体験を、そして豊かな表現活動ができることを心から願っています。