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憧れは2割でいい。館山で育てた夫婦の暮らし

【佐々木忠雄さん、昌代さんご夫妻。自ら手を入れて整えてきた住まいの前で】

<ご紹介するのはこんな方>

佐々木忠雄様(81歳) 
佐々木昌代様(82歳)

館山市在住
家族構成 夫婦2人住まい
以前の居住地 神奈川県相模原市
移住スタイル 定住

ここは館山市東部。青々とした水田の中を進むと、里山の麓の小さな集落に出会います。路地を曲がると、絵葉書のように美しく整えられた庭が見えてきました。「ここにはどんな方が、どんなふうに暮らしているのだろう」。そう思わせる住まいです。
今回は、この家で暮らす佐々木忠雄さん、昌代さんご夫妻にお話を伺いました。

【花や緑に囲まれた佐々木さんご夫妻の住まい。里山の緑を背に、季節の花々が庭を彩ります】

【花や緑に囲まれた佐々木さんご夫妻の住まい。里山の緑を背に、季節の花々が庭を彩ります】

働き詰めの日々から、田舎暮らしを思い描く

忠雄さんは秋田県の出身です。若い頃にふるさとを離れ、神奈川県のレコード会社に就職しました。そこで昌代さんと出会い、結婚。二人の娘さんにも恵まれました。
 
その後、主に家電を扱う輸入商社へ転職。営業所の立ち上げや支社づくりにも携わって40年にわたって働き、役員まで務めました。
 
「働き詰めだね」
 
そう振り返る忠雄さん。忙しい日々のなか、仕事を忘れて田舎で過ごしたいという思いが芽生えます。56歳でリウマチを発症したとき、その思いはいっそう強くなりました。その頃から、旅行を兼ねて移住先を探すようになりました。
 
引き止められ、なかなか退職できずにいましたが、62歳で会社から離れると、まずはじめたのが「体力づくりのために、働くこと」でした。せっかく会社を辞めたのに、いったいどういうことなのでしょう?
 
「田舎暮らしをするためには体力が要る。それで、これまで憧れていた仕事にチャレンジすることにしたの」
 
ちなみに忠雄さんにとって、憧れの仕事は、「大きな鍋で調理する仕事、配達する仕事、警備員の仕事」の3つでした。退職後これら3つの仕事に順に就き、その合間を縫うように、移住先探しにも熱が入ります。

【大切に使ってきた家具や小物が並ぶ室内。ご夫妻の暮らしぶりが伝わる空間です】

【大切に使ってきた家具や小物が並ぶ室内。ご夫妻の暮らしぶりが伝わる空間です】

自分たちが思い描く理想の家を、自分たちの手で整える

佐々木さんご夫妻が望んだ住まいは、平屋で2部屋か3部屋ある小ぢんまりした家で、日当たりがよく、花や野菜を育てられる庭があること。
 
各地を見てまわったなかで、移住先としてかなり真剣に考えたのは静岡県の西伊豆の町でした。でも、希望する条件に合う住まいが見つかりません。そこで、以前から候補として考えていた館山を当たってみることにしました。インターネットで検索して、今の家を見つけたものの、残念なことに「商談中」となっています。ところが、数日後、昌代さんが見たところ、その文字は消えていました。さっそく見に行ってみると、まさに、思い描いていた理想の住まいと環境です。しかし…かなりの築年数を経た家の傷み具合は相当なもの。床はぶよぶよで一部抜けており、壁は傷み、雨漏りの跡も数多く残っています。キッチンにはなにもなく、このままでは住めそうにありません。
 
「商談が進まなかったのは、このためだと分かったよ」と忠雄さん。しかし、時間があるのだから、自分たちで直して住もう。できないところはプロに頼もう、と決意します。
 
こうして2011年6月から、家の修繕を始め、10月には、この家で暮らせるようになりました。

【和室と洋室の床の高さをそろえ、暮らしやすく整えられた室内】

【和室と洋室の床の高さをそろえ、暮らしやすく整えられた室内】

家も庭も、暮らしも美しく育てる

その後も修繕を続け、現在はすっかり整えられ、心地よい住まいになっています。和室と洋室の床を同じ高さにし、バリアフリーに近づけました。壁も天井も雨漏りの痕跡はまったく見られません。壁塗りにはご家族も一部参加し、良い思い出になるよう、日付などの痕跡を残しました。建具にも美しい意匠が施され、室内の調度品は、神奈川県の家で大切に使ってきたものがそのまま並び、よく手入れされたアンティークの家具も、人の目を引きます。
 
キッチンの窓まわりも、忠雄さんが手をかけた場所のひとつです。昌代さんの希望を受けて、窓辺をアーチ状に仕上げました。そこから見える庭の緑や花々は、まるで一枚の絵のよう。古い家に手を入れながら、暮らしの楽しさも一緒に育ててきたことが伝わってきます。
 
庭は、全体の調和を考えて、庭木や畑、花壇が配置され、井戸まですてきな装飾がされています。四季折々、いつ見ても心が洗われるような場所になっています。

【昌代さんの希望で忠雄さんが仕上げた、アーチ状の窓。庭の緑や花々を絵のように切り取ります】

【昌代さんの希望で忠雄さんが仕上げた、アーチ状の窓。庭の緑や花々を絵のように切り取ります】

【壁塗りにはご家族も参加。日付や手の跡を残し、住まいづくりの思い出にしています】

【壁塗りにはご家族も参加。日付や手の跡を残し、住まいづくりの思い出にしています】

地域に入り、夫婦それぞれの暮らしを築く

お二人の生活はそれぞれどのようになったのでしょうか。田舎暮らしの良いところや、自身の変化についてお聞きしました。
 
「どこを見てもアスファルトとコンクリートの都会とは違って、自然が豊か。鳥の鳴き声が多種多様で楽しませてもらえる。人混みもないし、土地の人たちも総じて穏やか。車での移動が楽で、駐車もしやすいし、お金もかからない。都会で持病を抱えながら生活するのは大変ではないかと思うけど、こちらではそういう心配はしなくてすむ。リウマチもよくなった」と忠雄さん。
 
「私は生まれも育ちも都会で、ここに来たときは『こんなところに住めるのかしら?』と思いましたが、住んでみれば案外楽しく暮らせて、周りの方とも、すぐに仲良くなれましたよ」と昌代さん。
 
昌代さんは移住してから1年ほどは家事に専念していましたが、ほどなくスーパーマーケットの惣菜部門のパートの仕事に応募しました。募集の年齢を少し超えていたのですが、採用されました。人柄や経験が評価されてのことでしょう。その仕事も、今日まで十数年続けています。午前中だけとはいえ、週5日も勤務し、仕事も家庭生活も充実している様子が伝わってきます。
 
移住で失敗しないコツについてもお聞きしました。
 
忠雄さんは言います。
 
「移住はね、まず、奥さんの意見が大切。奥さんがノーといったらダメ(笑)。奥さんがイエスといってくれたらトラブルがあっても乗り越えられるよ。一時期、和歌山が気に入って移住先として考えたんだけど、(奥さんに)却下されたので、即、ひっこめた(笑)。
あと、田舎暮らしでは、祭礼、草刈り、排水溝の掃除など、コミュニティ内の行事が多くなる。私は、移住してから6年後に急に区長をやることになってね。20年先まで回ってこないはずだったのに(笑)。ちょうどその年は、令和元年房総半島台風に襲われたこともあって、区長として目一杯、働かせてもらった。地域に入るときは、周りの人たちをよく見て、適切にふるまうことが大切だね」
 
昌代さんからのアドバイスは「知らない人でも、道で出会ったら、必ず、こちらから挨拶すること。これが大事。あとは、来る前に何回も足を運んでみたほうがいいわね」

【花と野菜を育てられる庭は、移住先を探すうえで大切にしていた条件のひとつでした】

【花と野菜を育てられる庭は、移住先を探すうえで大切にしていた条件のひとつでした】

インタビューを終えて

「移住者へのアドバイスをいただけますか?」とお聞きしたときの忠雄さんの回答が印象的でした。
 
「移住したいという人から、結構相談を受けるんだけど、憧れだけが大きい人は一度、立ち止まってよく考えてみたほうがいい。移住に当たっては、10のうち憧れが2くらいならいい。努力が5から6、残りの2から3は現実を見て、受け入れること」
 
家や庭だけではなく、自身の暮らしを整え、80歳を超えた今でも元気に充実した田舎暮らしを続けていらっしゃる佐々木さんご夫妻。その姿から、移住とは場所を変えることだけではなく、自分たちの手で暮らしをつくっていくことなのだと感じました。また何年か後、異なる季節に訪れてみたいと思いました。
 

【花や小物が配された庭。井戸にも装飾が施され、日々の暮らしを楽しむ工夫が感じられます】

【花や小物が配された庭。井戸にも装飾が施され、日々の暮らしを楽しむ工夫が感じられます】

(※本記事は、2026年7月に取材・撮影を行った際の情報をもとにしています)

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