館山とスペインを行き来する、画家が織りなす森の生活
【画家 石井崇氏】
<ご紹介するのはこんな方>
石井崇さん(82歳)
館山市・スペイン 二拠点生活
家族構成 単身
以前の居住地 東京都大田区
絵を描くために30代でスペインへ渡り、10年暮らしたあと帰国。お父様の別荘があった館山と、スペインとの二拠点生活が始まりました。日本の梅雨を避けてスペインへ向かうこともあれば、スペインで暖炉料理を楽しみたくて向かうことも。年に一度3カ月ほどを、スペインのフェレイローラ村にある自宅で過ごし、それ以外は自然に囲まれた館山の森で暮らしている、画家石井崇さんに話をうかがいました。
初めて訪れた、70年前の館山
石井さんが小学校5年生の頃、お父様が館山に別荘を購入し、都内から館山へ通っていました。当時の国道は未舗装で、凸凹の砂利道。今では木々に囲まれた“森”の印象が強い場所ですが、そのころは田んぼに囲まれたエリアで、ホタルが舞い、イノシシもサルもいなかったそうです。子どもの頃から館山は、石井さんのお気に入りの場所でした。
【お父様の別荘を改修したスタジオへ向かう石井さん】
1985年、3人の子どもたちと家族でスペインから帰国。石井さんが向かった先は、館山の別荘でした。敷地内にあった6畳一間の空間に、家族5人で暮らしはじめます。スペインで絵を描いて過ごすためにほとんどのお金を使い果たして帰国したため、お金に余裕はありません。子どもたちは、段ボールを机にして勉強していたそうです。
知人の紹介で、フランス文学者の著名人宅で展示会をする機会を得た石井さん。絵が売れて400万円を手にし、そのお金で家を建てることにしました。
【友だちと建てた自宅】
見本にしたのは、鶏小屋。友だちと鶏小屋制作の本を見ながら家を建て、その後スペインに戻ります。1987年、スペインのフェレイローラ村にも家を購入。館山もスペインも、どちらも敷地は1500坪あり、たくさんの果樹が植えられています。
大神宮の森で繰り広げる、石井さん流スローライフ
石井さんの敷地には、2階建ての自宅、お父様が建てた別荘を復活させたスタジオ、敷地内の杉を使って建てたアトリエがあり、さらに、去年アトリエの裏にビニールハウスを建てました。木々に囲まれた森の中を散歩するように、それぞれの建物へと移動します。
【ハウスの中では、4月に植えたパパイヤがたくさん実っていた】
一番奥にあるアトリエの手前には、大きくて立派な鶏小屋が。10羽いた鶏は、1羽猛禽類にさらわれてしまったので9羽になりました。フェレイローラ村では、鶏を自分で絞めて食べていたこともあるという石井さんですが、ここでは卵を産まなくなった鶏も最後まで面倒をみているそうです。石井さんが鶏小屋の前を通ると、鶏たちが一斉に鳴いて話しかけ、石井さんは「コッコちゃん」と呼びながら目を細めてそれに答えます。
【コッコちゃんと会話する石井さん】
敷地には柑橘系の果樹を多めに、ウメやアンズ、スモモなど30~40種類が植えられています。ハーブは100種類くらい育てていたこともありますが、大変だったため現在は5種類ほどにして、その分野菜を増やしました。
【収穫した果物で、酵素ジュースやはちみつ漬けを仕込む】
田舎暮らしで困るのは、イノシシとサル。作物を守るために、畑の周りを柵で囲っていますが、サルの大群はお構いなしにやってきます。イノシシに道を掘り起こされても、サルに果実を取られてしまっても、「まぁ、しょうがないよな」と笑う石井さん。そんな許容範囲の広さが、田舎暮らしを楽しくするための鍵かもしれません。
三拠点、二拠点、一拠点へ
【フェレイローラ村の自宅。ここから庭を眺めながら朝食を食べ、一日がはじまる】
石井さんは30年くらい前に、都内も含めた3拠点生活を5年続けたこともありました。会社員時代はアメリカやフィリピンに長期滞在し、スペインで暮らすようになってからも、モロッコやポルトガル、チュニジアなど、世界各地を訪れています。82歳を迎えた今、今後の生活をどのように考えているのでしょうか。
「自然が豊かだから、最終はここ(館山)って思っている。スペインは仕事で、絵を描くのはスペイン。1軒はスタジオにしていて、広いテラスで描いている。外に出ればすべて絵の題材で、はかどるよ」
石井さんは、フェレイローラ村に3軒の家を持っていたのですが、数年前から館山で暮らすことを視野に入れて売却し、現在は1軒のみを所有しています。フェレイローラ村のバル(バー)で提供される手料理を愛し、おいしいものには目がない石井さんが二拠点生活で大切にしているものは、“飯友(めしとも)”だといいます。館山でもフェレイローラ村でも、いつもつるんで一緒に食べ歩いている飯友がいて、「友は大事」と声を大にして教えてくれました。
【スコットランド人の飯友と、行きつけのバルへ】
フェレイローラ村の食文化に魅せられた石井さんにとって食の充実は外せませんが、館山は「おいしいものを食べられる店もあるし、カフェもある」と、石井さんの胃袋を見事につかんでいるようです。
日本での楽しみはこれ!
石井さんが日本に住む理由の一つに、お風呂があります。「絵描きってこんなに儲かるんだ」と、石井さん自身が驚いたくらい仕事が順調でお金に余裕ができたとき、350万円かけて露天風呂のようなお風呂を増築しました。
【窓を開ければ半露天風呂に】
ガラス張りの広いお風呂場には、サトイモの仲間「セローム」の鉢植えが置かれて癒しの空間になっていますが、窓を開けると竹林など力強く美しい植物たちを鑑賞できます。地下60メートルから搾泉(さくせん)した水はまるで温泉のようで、朝夕の一日2回、このお風呂に入るのが楽しみなのだと教えてくれました。
二拠点生活や、館山エリアでの田舎暮らしに興味を持っている人へのアドバイスを求めると、「早く友だちを探すこと。5カ所くらい、ルーティンで食べに行けるところを探すこと。できたら畑をやること」だそうです。
インタビューを終えて…
【アトリエで筆を執る、画家石井崇氏】
人生の先輩というだけではなく、経験値の豊かさが会話の端々に感じられ、どんなボールを投げても飽きないボールを返してくれる石井さん。10年以上のお付き合いなのですが、今回の取材で初めて石井さんが絵を描く姿を目にしました。筆を握ると、表情も空気感もキリッと変わって、「本当に絵描きなんだ」と今さらながら当たり前のことを認識しました。石井さんの経験の豊富さは、web「イシイタカシの世界」をご覧ください。館山での暮らしを毎朝更新している「つれづれ日記」も必見です。
イシイタカシの世界